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大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)1189号 判決 1967年4月18日

控訴人 宮島産業株式会社

右代表者代表取締役 宮島善治

右訴訟代理人弁護士 小田元吉

被控訴人 丸俣機業株式会社

右代表者代表取締役 渡辺俊雄

右訴訟代理人弁護士 川見公直

同 浜田行正

主文

原判決を次のとおり変更する。

訴外近藤株式会社が昭和三二年三月一五日控訴人との間で同訴外会社の訴外日羊服販売株式会社に対する売掛代金債権金一二二万八三〇〇円につき締結した控訴人の債務引受契約及び控訴人の同訴外会社に対する債権と対等額で相殺する旨の契約を取消す。

訴外近藤株式会社が昭和三二年三月一六日から同月二八日の間控訴人に対し原判決添附目録記載の物件を代金三一九万一七五〇円で譲渡した行為は、これを八八万六二四円の限度で取消す。控訴人は被控訴人に対し金二〇一万七六二四円を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ全部控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述ならびに証拠の関係は≪省略≫

理由

被控訴人が訴外近藤会社に対し裏地代金二〇一万七六二四円の債権を有する債権者であること、右訴外近藤会社が昭和三二年二年末頃内整理に入り、右二月二八日現在においてその債務総額約三〇八〇万円債権等資産総額約二三七〇万円、差引債務超過約七一〇万円に達していたこと、控訴人もまた右訴外近藤会社に対する債権者の一人であって、当時羅沙生地代金四四一万九二六四円の債権を有していたところ、その後右訴外近藤会社からその在庫商品たる原判決添附目録記載の物件を代金三一九万一七五〇円で譲渡させ、その代金債務と前記債権とを対等額で相殺したことは、当事者間に争いがない。

また、≪証拠省略≫によると、訴外日羊服販売株式会社なるものが存在し、同訴外会社は、控訴会社と本店を同一の場所に置き、その株式の半数を控訴会社が保有し、その社長は控訴会社代表者の長男が就任している、所謂控訴会社の子会社であるところ、右日羊服販売会社は、既製服問屋たる前記訴外近藤会社から商品を仕入れ、昭和三二年二月末頃その買掛債務は一二二万八三〇〇円に達していたが、同年三月一五日頃控訴会社代表者と右近藤会社代表者等が相会し、控訴会社は右日羊服販売会社の右買掛債務を引受け、且つ茲に控訴会社は近藤会社に対し債権を有すると共に債務を負うことになるので、これを対当額で相殺する旨を右当事者間でそれぞれ約定した。その結果、さきに日羊服販売会社が前記買掛債務の支払いのために近藤会社宛てに振出交付してあった金額一一三万七〇〇〇円の約束手形を返戻しなければならないことになったが、同手形は既に割引かれていて返戻できないので、手形の返戻に代えて、その頃近藤会社の代表者から控訴会社の大阪支店長北村修自に右手形金と同額の金員を交付して、これを控訴会社に支払い、然る後同年三月一六日から二八日の間に、前述の原判決添附目録記載の物件の譲渡行為が行なわれたものであることが認められる。尤も原審証人近藤正行、同板倉武男、同北村修自、原当審において本人として供述した控訴会社代表等は、こぞって右一一三万七〇〇〇円の金員は、その全額もしくは内金八〇万円が、近藤会社の会社財産から支出されたものでなく、近藤会社代表者の兄である近藤亮一が出捐したのであると証言ないし供述するが、≪証拠省略≫と対比してた易くそれを信用することができず他にそれを裏付ける客観的資料は無い。仮りに事実上右近藤亮一において出捐したものとしても、≪証拠省略≫によれば、近藤会社はその再建のため同会社代表者近藤正行の兄弟から資金援助を受けることになっていた事実が認められるから、右近藤正行の兄たる亮一の出金はその趣旨にそったものと推認され、したがって法律的には、近藤亮一が近藤会社に資金を与え、同会社は自己の資金となった金員を以て支払ったものと見るべきであるから、所詮会社財産を以て支払ったという前記認定の事実をくつがえすに足るものでない。

以上述べたところにより、訴外近藤会社は多額の債務超過のため内整理を必要とする段階になった以降において、多数の債権者の一員たる控訴会社に対し、その債権の実価が低落しているにもかかわらず、前記債務引受契約と相殺契約を併せ行なうという方法により、控訴会社の債権額中一二二万八三〇〇円を、実質的には恰かも訴外会社の保有する確実な債権を以て代物弁済したと同等の十分の満足を与え、更に右債務引受・相殺の契約がなされたことに基因して、すでに弁済の方法としてせっかく受領していた手形を返還すべきこととなり、その返還に代えて、金一一三万七〇〇〇円を控訴会社に交付し、次いで、控訴会社の前記債権額中三一九万一七五〇円について、同金額相当の在庫商品を控訴会社に譲渡し、控訴会社をしてその代金債務と従前からの債権とを対当額で相殺せしめる結果を招来せしめ、実質的にはこれ亦右商品を以て控訴会社の債権を代物弁済したと同等の行為をなし、以て一般債権者の共同担保たる財産を減少せしめる行為をなしたことが明らかである。

そこで、右訴外近藤会社が右の諸行為をなすにあたり一般債権者を害することを知っていたかどうか、また受益者たる控訴会社が善意であったかどうかについて検討すると、≪証拠省略≫を総合すると、控訴会社は同じく債権者の一員たる株式会社大栄衣料と共に近藤会社が手形の不渡りを出していわゆる内整理に入る数日前から近藤会社の内情を打ち明けられてその善後策の協議にあずかり、よって昭和三二年三月七日天野旅館において大口債権者約一〇名が集まりいわゆる第一回債権者会議が開かれたのであるが、その席上、債権者等は債務者たる訴外近藤会社に対しその債権の取立てを昭和三二年五月末までしないこと、右債務者会社は六三五万円程の在庫商品を主体に現金、当座預金、売掛金を活用して商売を続け、そうすれば昭和三二年五月一〇日から毎月債務の一割づつを支払い同年末までに債権者等は債権の八割を回収することができる旨の再建案が承認されたが、その原案を作成したのは控訴会社代表者であり、当時同人が債務者会社再建の主導的役割を果たしていたところ、右債務者会社代表者近藤正行は控訴会社との取引につき従来自己個人所有の不動産上に根抵当権を設定してあったので、これを免れてその登記を抹消してもらいたいと考え控訴会社代表者に対しその旨折衝し、茲に控訴会社代表者は右近藤正行個人の依頼に応ずるかわりに、前記認定の方法による自社の債権満足を要求し、右近藤は近藤会社の代表者としてこれを応諾し、かくして前記認定の諸行為が行なわれたのであって、その際、近藤会社の代表者も、控訴会社の代表者も、そういうことをすれば、さきに債権者会議できめられた近藤会社の再建方法はこれを実施することが出来なくなり同会社は再建不能に陥り、その債権者等は到底八割の配当すら得られなくなり、多大の損害を蒙るに至ることを十分知りながら、敢えてこれを行ない、更に控訴会社代表者は近藤会社に対し、早く整理してしまって別会社をつくったならば商品は自分のところ一本で送ってやるなどと指示していた事実が認められ(る)。≪証拠判断省略≫

かくして、債務者近藤会社は受益者たる控訴会社との間において他の債権者を害することを知りながら前記詐害行為たる諸行為を行ない、控訴会社もまた善意でなかったのであるから、債権者の一員たる被控訴会社の本訴提起による債権者取消権行使によって、前記諸行為は取消さるべきであり、更に右訴外近藤会社が控訴会社に交付した金一一三万七〇〇〇円は、先ず右訴外会社の債権者等の共同担保たるべき財産として、右訴外会社に回復さるべきであり、その方法として、控訴会社はこれを被控訴会社に支払うべき義務がある。次に原判決添附目録記載の物件は弁論の全趣旨(当審第一七回口頭弁論)と控訴会社代表者の原審における供述によると、すでに控訴会社において一品をも余さずにこれを他に処分してしまっていることが明らかであるから、被控訴人の請求中右物件が依然控訴人の占有に在ることを前提とする部分はこれを認容することができないが、現物の取戻しが出来ない場合には、その価額の賠償を求めているので、これを検討すると、原審証人北村修自の証言によれば、原判決添附目録下欄記載の価格は右物件を訴外近藤会社が仕入れた時の帳簿価格であり、これを以て右物件の客観的に相当な価格と認めるべきであるから、この認定に反する控訴会社代表者の原当審における供述は信用できない。すると、控訴会社は右物件の返還にかえて、右物件の価格合計金三一九万一七五〇円を被控訴会社に支払うべきであるかのように考えられるが、債権者取消権は本来総債権者の利益のために認められる制度ではあるものの、取消の範囲は取消権を行使する債権者の債権額の限度にとどまるべきものであり、唯例外として、特に右取消権を行使する債権者の債権を保全する必要がある場合にのみ、その保全の必要の限度で債権額の範囲を超えることが許されるものであるところ、本件は金員の返還ないし金員による価額の賠償を求め、且つそれが許されるべき場合であるから、被控訴会社は控訴会社から受領する金員を直ちに自己の債権の弁済に充てることが可能であり、他の債権者等がこれに配当加入する機会は事実上与えられず、換言すれば、この場合取消権を行使する債権者は、他に如何程の債権者が居ろうとも、自己の債権額を超えて取消を求める保全の必要がないものと言わなければならない。この理は、たとい取消権を行使する債権者が、他の債権者との間において受益者から返還を受ける金員を分配する約束をしていたとしても、結論を異にすべきでない。そうでないと、取消権を行使しない債権者等のためにあたかも任意的訴訟信託以上の便宜な手段が与えられることになり、不当であるからである。

そこで、原判決添附目録記載の物件の譲渡行為は、結局八八万六二四円の限度で取消せば足り、且つその限度にとどめらるべきであり、控訴会社は右同額の金員を被控訴会社に賠償すべき義務があるが、それを超える被控訴会社の請求部分は失当である。

よって、被控訴会社の請求中理由ある部分を認容し、理由なき部分を棄却すべきであるが、原判決は被控訴人の請求を全面的に認容しているから、これを変更し、民事訴訟法九六条、九二条但書を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 乾久治 判事 黒川正昭 安井章)

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